こんにちは、鍼灸師のかんのです!

突然ですが皆さんは、”完璧主義”ですか?
仕事をミスなく完璧にこなしたい、家事を完璧にしないといけない気がする、
遅刻は絶対に許されない、人に嫌な思いをさせてはいけない・・・
様々な形で「完璧」を求める(求められる)シーンがありますよね。
かくいう私は、つい数年前まで”完璧主義ロボ”でした。

前の職場で「正義マン」って揶揄されていました。
学校でも、仕事でも、私生活でも自分に「完璧である」ことを課し、
完璧でない自分を認められず、「どうして完璧にできないの?」と自分を責め、
落ち込む度に枕を涙で濡らしてきた私ですが、
「完璧でない自分もOKである」と受け入れ、日々実践していった結果、
今では「完璧でない自分だからこそ完璧にバランスが整っている」と思えるようになりました。

今でも完璧主義が顔をのぞかせることもありますが、
とっても生きやすくなりました。
今回は、完璧主義の呪縛から抜け出した私が後天的に必死になって身に着けた、
「完璧でない自分が全部丸ごとOKになる思考法」について解説したいと思います。
完璧主義エピソード①元ミニマリスト。異常に整えられた部屋。
まずは、私の完璧主義エピソードをいくつかご紹介したいと思います。
大学生の頃に急に片づけに目覚めた私は、モノを捨てることに異常なまでの執着を見せるようになりました。

モノへの執着を手放すことと引き換えに、モノを持たないことへの執着を手に入れた。
部屋のインテリアにも異常にこだわりがあった私は、タオルは全て同じ色で同じ向きに整えなければならないという呪縛にとらわれており、
新しいタオルを買い足すこともままならない状態でした。
「この色はなんか違う・・・」と少しでも思うと買えない。
派手過ぎるものはインテリアが乱れるから買えない。本当はピンクや黄色やオレンジなどのかわいくて元気な色が大好きなのに!
クローゼットにもシンプルで着回しができ、パーソナルカラーと骨格に合うものしか置きたくない。
少しでも「そぐわない感じ」がするものがあると捨てたくなる。
部屋のモノが気になりすぎて、部屋にいても落ち着かない日々を過ごしていました。

今はゴチャッとした部屋でのんびりしています。
完璧主義エピソード②仕事で完璧主義を極めた結果、続けられず病む。
私は10年ほど金融機関に勤めていたのですが、金融の仕事は数字と時間に追われる日々。
1円でも合わないと家に帰れないというプレッシャー、事務ミスが許されない緊張感、
各業務に制限時間が設けられており、1秒でも遅れると大変なことになるという焦り、
ミスで上司に詰められる、窓口営業で数字を上げられないとまた詰められるという悪循環で、
どんどん完璧主義が助長されていきました。
そうして更なる完璧主義を目指して仕事をこなしていき、
「こいつできるんだ」と思われて負担が増える、ということを繰り返した結果、
自分のキャパシティを完璧にオーバーしてしまいました。
できないことに「できない」という勇気がなかったために自分を追い込み続け、
できない自分を認めることができないために「私はこんなに頑張ってるのに!」と自分を正当化して、
それが自ら居場所を狭めることになったのだな、と今では思います。

今はできないことは「できない」と素直に言えるようになりました。
完璧主義エピソード③人間関係でみんなにいい顔をした結果。
私は「人から嫌われたくない」気持ちがとても強く、人に失礼のないように、迷惑をかけないようにとずっと思って生きてきました。
自分が苦手な人、合わない人にも気を遣い、消耗する日々。
その結果、我慢の限界を迎えて一気に爆発するということがよくありました。

みんなびっくりしてたと思う。
「私は気を遣ってるのにこの人何なの!?」と思うことも多々あり、
「自分の常識とズレてる人のことが許せない」ということもありました。

今は色んな人がいることを当然のことと思えますし、私もありのままの自分で過ごしています。余計な気は遣いません。
他にも、
・何事も1位にならないと気が済まず常に好戦的
・スーパーやコンビニで成分表示をくまなくチェックし食べられないものが増える
・健康のためと思って食が極端に偏り食事が楽しくなくなる
・食事は30回以上咀嚼しないと飲み込めない
・朝4時台にジムに行く
・家事を完璧にこなしてからじゃないと眠れない
など、厳しすぎるルールに生活に支障をきたすことも多々ありました。

全っ然気が休まらない。
楽しめていればもちろん素晴らしいこともたくさんあるのですが、
私は強迫観念に迫られてこれらに取り組んでいました。
完璧主義の理由。「陰を受け入れられていない」ことに気付く。
異常なまでの完璧主義で、自分も周りも苦しめてきた私。
このままだとずっと生きづらい。それは嫌すぎる。でもどうしたらいいか分からない・・・
そんな時に私が出会ったのが東洋医学の「陰陽の法則」でした。
東洋医学では、全てのものごとを「陰と陽」にわけることができると考えます。
昼と夜、暑さと寒さ、緊張とリラックス。
どちらか一方だけでは存在できず、必ず対になるものがあってはじめて世界は成り立っていると考えます。
専門学校で東洋医学の授業を受けていた時に、私がハッとしたのは、
「陰と陽は優劣ではなくバランスであり、両方とも必要不可欠である」ということでした。
完璧じゃない=ダメな自分ではない。
弱さや不完全さがあるからこそ、強さや成長も見えてくる。
自分と合わない人がいて当然。みんな私のような人だったら偏る。
それぞれがそれぞれのバランスを保っている、それでいいんだと思えました。
振り返れば、私は自分の「陰」の部分を否定し、「常に陽でいなきゃ」と思っていました。
明るく、元気で、人当たりよく、仕事で成果を出して、身体を鍛え、
間違えない完璧な自分でいようとしていた。
でもそれは、「陰」を否定していたということ。
疲れや落ち込み、弱音を吐く自分を認められず、むしろ必死に隠していました。

私は本当は弱くてだらしない。自分の「陰」の部分を全然受け入れられていなかったことに、やっと気付きました。
陰陽丸ごと受け入れる。そうやってありのままの自分で生きていく。
こうして専門学校で東洋医学を学び、「陰陽の法則」を学んでからは、
自分の弱さやだらしなさも「必要な陰の部分」なんだ、
これは私が私であるために必要不可欠なものなんだと思えるようになりました。

陰があるから陽がある。ダメな自分というのは、私が私らしくあるエッセンスなんだ。
そう思うと、不思議と心が楽になったのです。
それ以来、私は私自身を「陰陽ひっくるめて全部丸ごとOK」と考えるようになりました。
そうやって自分の「陰」も「陽」も丸ごと受け入れられた時から、
不思議と物事がうまくいくようになっていきました。
仕事も、勉強も、人間関係も、プライベートも、
できないことがあったっていい。足りなくたっていい。
私よりできる人が必ずいてくれて、その代わりに私ができることがある。
そうやって受け入れると、人に助けて頂くことと人のお力になれることがどんどん明確になっていき、
「ありのままの自分でいて心地良い世界」が広がっていきました。
あなたはあなたのままで完璧。
よくできた日も、何もできなかった日も。
完璧じゃないからこそ人間らしいし、そこにこそ「あなたがあなたである魅力」があります。
完璧じゃなくても大丈夫。
うまくいく日もあれば、空回りする日もある。笑顔の時もあれば、泣きたい時もある。
その全部が「陰と陽」のバランスであり、ありのままのあなたを形づくる大切なエッセンスです。
もし今、「生きづらいな」「このままじゃ苦しいな」と思っているなら、
もしかしたら心と身体のバランスが陰陽のどちらかに偏りすぎているサインかもしれません。
東洋医学は、そのバランスを整える知恵の宝庫です。
私は鍼灸師として、また様々な環境で悩み苦しんできた一人の人間として、
あなたがあなたを“全部丸ごとOK”と思えるようにサポートしていきたいと思っています。

陰が深く暗いほど、陽は明るく輝きます。
人と比べなくていい。人と比べる必要がない。あなたはあなたのままで完璧。
あなた本来が持つバランスで、生きていきましょう。
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